●市販エンジンと関わりのないレーシングエンジンを作り出せ 現在世界中の自動車メーカーにとって最優先課題は、低エミッションと低燃費のクルマを開発することです。次々とハイブリッドカーが登場していることを見ても、このことは理解出来るでしょう。 その結果、次々とスポーツタイプのエンジンは姿を消しています。 スポーツエンジンの魅力は、ほんの少し手を加えるだけで様々なモータースポーツで使用可能なことです。最も大きな影響を受けているのは、F4やF3と言った中間フォーミュラです。F4より大がかりな開発が可能で、世界中の自動車メーカーが積極的に参加しているF3でも、ベースとして使えるエンジンの消滅は、大変な問題となっています。
このままスポーツエンジンが姿を消し続けるのであれば、F3やF4で使えるエンジンは無くなってしまいます。 この困った状況を考慮したFIAは、従来、市販ロードカーに積まれているエンジンであることを条件としてF3エンジンのベースとして使用可能なホモロゲイションを与えていましたが、今後、市販ロードカーに積まれていないエンジンであっても、F3のベースエンジンとしてのホモロゲイションを与えることを決定しています。 現在のところ、生産を終了したスポーツエンジンに対して、このホモロゲイションは与えられている状況ですが、何時までも、生産中止となったエンジンを使い続ける訳にはいかないでしょう。
そこでJMIA会員企業の戸田レーシングでは、1年ほど前から、どの市販エンジンとも関わりのないレーシングエンジンの開発をスタートしました。このTR-FX01エンジンは、排気量2リットルの4気筒エンジンですから、ちょうどF3、F4、FCJ等に適合します。 開発するのに、高い技術と共に大きな開発予算が要求されるレーシングエンジンの開発を独自に行うのですから、戸田レーシングが大きな決断を行ったことが理解出来ると思います。
●どのメーカーとも関わりのないレーシングエンジンの意味 独自にTR-FX01エンジンの開発を決心した時、戸田レーシングは、どのメーカーにも支援を求めませんでした。つまり、どのメーカーとも関わりのないレーシングエンジンが登場することとなりました。 このことは大きな意味を持っています。
現在、ほとんど総てのレースカテゴリーは、何らかのカタチで自動車メーカーが支援する、あるいは自動車メーカー自身が関与することによって成立しています。もちろん、関与している自動車メーカーの要望を受け入れることによって、それらのカテゴリーは成立しています。 このことから、少々困った状況がしばしば生じています。
Aと言う自動車メーカーが支援するドライバーは、どんなに盛んだとしてもBと言う自動車メーカーが関与しているレースシリーズに参加するのは非常に困難です。その結果、同じようなレースカテゴリーが幾つか作られることとなりました。特にドライバーを育成することを目標とした中間フォーミュラにその傾向が見られました。 これではコストがかかるだけで、それぞれのシリーズがマーケットを食い合ってしまい優秀なドライバーを育成することは出来ません。 その結果3つの自動車メーカーが共同で支援するカタチでFCJが誕生しました。ところが、ドライバーの育成は考えても、日本の技術とレース産業の育成までは配慮されていないので、エンジンとシャシーは外国から輸入することとなってしまいました。
エンジンとシャシーを外国から輸入した理由を、どの自動車メーカーともかかわりのないニュートラルなものである必要があったと説明する関係者もいますが、我が国にも、JMIAの会員企業のような優秀なシャーシやエンジンのコンストラクターが存在するのですから、無視するよりは活用を考えるべきではないかと疑問を禁じ得ません。 その点、戸田レーシングが開発中のTR-FX01エンジンは、どのメーカーとも関わりのない独自のプロジェクトですからまさにニュートラルなエンジンです。FCJはTR-FX01を受け入れようとするのでしょうか?
●理想的なレーシングエンジンを実現する 市販エンジンの特性に影響されないで、完全にモータースポーツで使うことだけを想定して開発を進めることによって、戸田レーシングでは、これまで市販エンジンをベースとして開発されたレーシングエンジンが持っている様々な問題を解決することが可能と判断しました。
例えば先に示したFCJには、ルノーの市販エンジンをベースとしたレーシングエンジンが組み合わせられています。このエンジンは、市販エンジンをベースとして比較的低コストで提供されていますが、エンジンをフレームとして使うことは不可能で、しかも非常に振動が大きいと言う困った問題を抱えています。ドライバーによっては、大きな振動によって、ステアリング操作をミスする場合もあるようです。
そこで戸田レーシングは、F3エンジンのように、エンジンがフレームとして使えるよう、エンジンそのものに充分な剛性を与えると共に、何も手を加えなくてもフレームとして使用出来るブラケット類と一体でデザインしました。写真を見て頂くと判ると思いますが、ヘッドカバーとエンジン下部(通常オイルパンに相当する部分)が強固なフレームとなっているのが、良く判ると思います。
大きな振動は、市販エンジンから充分な開発を行わないでレーシングエンジンとして使おうとしたために生じた問題です。初めからレースで使用される高回転で運転することを前提として開発することによって振動を低減することが可能です。市販車にあるような制約は何もありませんから、ボアとストロークに代表されるディメンションも最良に設定することが可能となります。さらに、レース専用として部品を開発しますから、少ないフリクションや非常に良好なバランス等を実現することが可能となり、振動の問題は皆無とすることも可能です。
市販エンジンを改造したものでは、到底、望むことも出来ないような俊敏なレスポンスや安定した高回転での運転も可能となります。 同時に音やフィーリングといった、誰もがレーシングエンジンに期待するテイストまでも表現することが可能となります。
また市販エンジンの場合、オイルポンプや水ポンプは総て後付けでエンジンの外側に取り付けられます。エンジンによっては、エンジンと離れた場所にこれらの補機類を設置している場合もあるでしょう。ところが、オイルポンプや水ポンプをエンジン外側に取り付けると、そのエンジンを搭載するシャシーのレイアウトを制限する可能性があります。 特にオイルポンプを後付けする場合、エキゾースト側に取り付けられることが多いため、様々な問題を引き起こしていました。
そこで戸田レーシングは、水ポンプとオイルポンプをエンジンブロックの中に内蔵することとしました。エンジン前方下部オイルフィルターエレメントが取り付けられている部分がオイルポンプです。 このような工夫によって、どのようなシャシーであっても、何の改造も行わないで、搭載することが可能となりました。
●日本のコスワースの誕生 戸田レーシングでは、TR-FX01エンジンの最初の1機を、何と総てを削りだしで作り上げました。ベースとなるエンジンが存在しないことによる苦労ですが、エンジンの地肌がピカピカ光っていることで、戸田レーシングの気合いが判ると思います。 TR-FX01エンジンの1号機は、F3シャシーを使ってテスト走行を行うため、モノコック側のマウントやミッション側のマウントの形状はF3と同じものにデザインされています。 少々遅れ気味ですが、近々F3シャシーに組み合わせられてTR-FX01エンジンのテスト走行が開始される予定です。
自動車メーカーが大々的に関与しているF3で、TR-FX01エンジンが直ぐに使われる可能性はありませんが、FCJにとってTR-FX01エンジンは、喉から手が出るほど欲しい最良のエンジンのはずです。 また来年からF4の排気量が、従来の1.8リットルから2リットルに変更となります。現在のところホンダが、シビックR用として高性能の2リットル4気筒K20エンジンを生産しているため、F4では、しばらくの間シビックR用K20をベースとしたF4エンジンが使われることとなるでしょう。しかし、シビックRが生産を中止するようなこととなるとTR-FX01に頼らざるを得ない状況が訪れます。
現在日本の自動車メーカーは、ドライバーを育成するため、優秀なドライバーをヨーロッパのF3レースに送り込んでいます。しかし、ヨーロッパに送られたドライバー達が、トヨタやホンダのエンジンを使ってF3に参加している訳ではありません。彼らが送り込まれたヨーロッパのチームが契約している、例えばメルセデス等のエンジンを使って、彼らはヨーロッパでF3レースに参加しています。 既に行われているこの状況を考えると、近い将来戸田レーシングのTR-FX01エンジンが、大きな意味を持つ時が来ることでしょう。 1960年代、コスワースがDFVやFVA等の市販レーシングエンジンを開発したことによって、誰もが容易に高性能エンジンを手に入れることが可能となって、その結果、ヨーロッパのレース産業が飛躍的に発展すると共に振興する原動力となりました。 一時期のF1シーンでは、ほとんどのF1マシンがDFVを搭載していましたし、ルマンでも多くのマシンがDFVを使っていました。 日本のコスワースたる戸田レーシングの今後の活動から目を離すことは出来ないでしょう。